arayasiki

ヨガと整体のブログ

ヨーガの日記にしようかな

ブログを色々と用途別に分けると書きやすいのではないかと思った。この日記はヨーガ向けのものにしようかな。

 

最近の事

  1. swayというアプリをダウンロードして遊んでいます。瞑想というよりはリラクセーションの促進という感じ。 
    Sway

    Sway

    • PauseAble
    • ヘルスケア/フィットネス
    • ¥360
  2. 魚のポーズを覚えた
    参考:http://www.fukurow.jp/yawarakaku/senaka-juunann/
    動画も参考に。

    ヨガ、魚のポーズ(マツヤ・アーサナ)

  3. ダウンドッグのやり方研究中。
    こういうの見ました。ダウンドッグってよくやるから大事なのだろうけど、苦手なポーズ。できるようになりたいな。
    ダウンドッグのコツ 下向きの犬のポーズ からだが硬い人のとり方

     ストレス軽減。じめじめ気分は「犬のポーズ」で吹き飛ばす | MYLOHAS
    改めて検索したらこういうのもありました。

  4. お腹を揉むマッサージというのを実践してみている

    不調のあなた、腹を揉んでみないか
    これ

  5. ヨガフェスタに行けなかった
    これはタイトルの通り。出かけていたのでね。ヨガウェアほしー。

  6. インド哲学のブログを発見して、読んでみている。勉強中。

    ここ。とてもいい感じ。勉強します。

 

ロールモデルが複雑だ

あさイチでやっていた椅子ヨガのインストラクターの、山田いずみさんという人が、すごくすごく綺麗だった。美しい。あんな風になりたい、と思ってしまう。いつも目標にする方が女性なんだ。

それでいて、國分さんみたいに、しなやかな知識(とてもしっかりしている)を持っている人も憧れる。あんな風になりたい。

 

ドイツ語

関口先生の初級ドイツ語本を初めて、今6講。全部で30講あるので、1日1講進めて行くと一ヶ月で終わる感じ。昔にすでにやってあったので、この辺から始めるか、という調子で今名詞の格変化に入ったところ。Der Mann, die Frau, das Kind。der Himmel, die Erde, das Meer.

などなど。弱変化。次は7講、人称変化。ich, mein, mir, mich.

 

ストレッチ

最近はお腹のストレッチと背中、腿のあたり。魚のポーズと、お腹をそって伸ばすポーズ。

股関節もやっている。足を柔らかくしたいな。

以上。

ドイツ語を勉強しはじめた。ちょっと前に入門のドリルをやっていたのだけど(春くらい)しばらく放置になってしまっていたので、気になっていた問題集を買って、再開。

ちなみにこれ。 

もやもやを解消! ドイツ語文法ドリル

もやもやを解消! ドイツ語文法ドリル

 

 もやもやしやすいところを集めて解説・演習!ということで買ったのだけど、巻末の定冠詞活用表が不正確っぽくておい!という感じ。(中性3格がdenなのにderとなっている)

 

ドイツ語は格が難関だよね。

小説を買った。

 

ある奴隷少女に起こった出来事 (新潮文庫)

ある奴隷少女に起こった出来事 (新潮文庫)

  • 作者: ハリエット・アンジェイコブズ,Harriet Ann Jacobs,堀越ゆき
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 翻訳がよくて。壮絶、という言葉があまりに軽く感じられるくらい、壮絶。(語彙)

読み切れるかな。

 

ヨガをやる際に、背中を伸ばすというのがわかってきた気がする。ダウンドッグがどうしてもうまくできなくて(辛くて。ハムストリングスが伸びてないので痛い)体重も前のめりになってしまっていたし、後ろにしろと言われても(しろとは言われないわけだが)後ろにしたらアキレス腱とハムストリングスめっちゃ突っ張るやんけーと思ってできなかった。しかし、色々な動画を見て「背中を伸ばすのが大事」というのが言葉ではなく心で、そしてやってみると実際に心ではなく体で理解できたッという感じ。

ヨガの先生とか優しく教えてくれるし向こうにはなんの責任もないんだけど(というのは言い過ぎなのか)こっちは足が曲がるのとか過剰に恥ずかしいと思ってしまうんだよね。

しかしそれも形にこだわっているというか、足が曲がるかどうかじゃなくて背中が気持ちいいかどうかにフォーカスすればいいわけで、こう書いているのもなんかあれだな、自分悟ったみたいなアピールになっていやだけど、でもそれしか今のところは書きようがないのでしょうがない、自分の体に意識を向ける、気持ちいいところをさがすというのがわかったということでしょうかね。

 

前回書いたホルストというのは、モンテーニュラテン語の先生でした。この人は、ドイツ人の先生で、フランス語も話せず、モンテーニュの住んでいたペリゴールという地方の方言も当然話せず、したがってモンテーニュとはラテン語でのみ会話していたと言います。

 モンテーニュ父親は肉体的に活発だったようで(性的な意味ではない)、モンテーニュはそんな父親に自分とは似たところが何もないという思いを持っていたようです。

 *

どのように生きるべきなのか。モンテーニュ自身が悩ましくそれを考えていたという描写はいまのところこの本(”How to live”)ではされていません。著者が、今という時代とモンテーニュが生きた時代を結びつけ、私たちの視点でみても理解できるように、ルネサンスという時代を説明してくれているようです。

たとえば、モンテーニュの父ピエールが彼の息子ミシェル、つまりモンテーニュ本人に施した教育について著者であるSarah Bakewell氏は次のように説明しています。

なぜピエールはそんなことをしたのか。死んだ言語のために親子の間を分かつなどどうかしている、と現代人の大半は考えるだろう。しかしルネサンス期においては、ラテン語の習得は人間的教育の完成形だと思われていた。それは古代の素晴らしい文明への入り口であり、また、学者の多くがラテン語を(で)文章を書いていたルネサンスの時代においては、同時代の良き知識への入り口も、その言語は開いてくれるのだと。

だからこそピエールは、古代人の偉大な魂、そして、同時代における個人的キャリアの成功をも手に入れさせるべく、母語での会話ができないような環境を整えてまで、息子にラテン語を習得させようとしたのだった、と。