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ジャン=リュック・ナンシーの本を二冊買ったけど全然読めなかったっていう話。
 
『L'Imperatif Categorique』
これは、買ってから?しばらくしてから「あ、定言命法」って気がついた。カントの定言命法
しかしイマイチ定言命法自体分かってない。簡単にいうと「なになにだから従え」ってのじゃなくて「従うべきだから従え」って感じの、という理解。曖昧。
 
そう、で、「従う」は哲学の重要テーマ(だと思っている)。「自由」と同じテーマだから。従っているのなら自由ではないけれど、何かに従わないと(たとえば言語のルールとか)社会で生きて行くことはできない…。
 
obeir(obey)はob-audireから来ているのだとナンシーは言っている。ラテン語で「よく聞くこと」。desir、欲望(いやらしい意味ではないです、「やりたいこと」とかも含まれる)がdesiderium、星(sider=star)と離れている(de)こと、距離の問題、配置の問題だとすると、desirが視覚の問題(その星を見ることから始まるから)でobeirが聴覚の問題、って位置付けられるかなと思っている。勝手に。
 
で、ナンシーはa l'ecouteという聞くことに関する本、も出していてそっちを読めばいいのになぜかこっちを買っていて、なんでかな。あ、L'imperatif categoriqueだから「従う」には絶対関係あると思ったのよね。しかしガチガチの論文だから全然語学力が足りず読めない。
 
 
『SIGNAUX SENSIBLE』
これはどっちかというと視覚の問題なのかな?と思って買って見た。表紙が可愛かったし。
 
視覚の問題はsigneの問題なのかなと思っていて、ドゥルーズの系譜?シーニュの解読ができるようになることが学ぶこと。芸術と切り離せない。ドゥルーズにとってそれはプルーストの小説だったから文学の問題なのかもしれないけど、これはportrait、視覚の問題だ。
 
こっちの方が対話だから簡単だけどまだ何言っているのか分からないね。語学力の問題と思われる。
 
senseというところに注目すると五感の話で、動物の話とも繋がっていくのだろうなというところ。はい。