今週のお題「私がブログを書きたくなるとき」

しばらく書いてない時、他の人が書いているのを見たとき、それから、勉強して何かを書き留めて起きたい時。

パソコン開くだけでも割と書きたい。キーボード打つの割と好き。最近はブラインドタッチの練習もしているし割と好き。(怠けてるから癖が戻りつつあるけど、t、uあたりを中指で打つ癖があって、それを人差し指に戻している。

あとは、「、」も人差し指で打ってしまうのだけど、これは中指が正しいフォームのよう。あ、また打ってしまった。これは、おそらく、点を打つ前にエンターを打つ癖があるからだ。どうしよう。

最近のことを書きます。

2017/11/02

仕事が休みで母と昼食。馬車道の生香園新館でランチセット。鶏肉とカシューナッツの炒め物を食べた。普段中華だとこういうおかずものって頼まないのだけど、人に奢られのときは普段頼まないものを頼んでみるということで。普通に美味しかったし、セットのスープがめちゃくちゃ美味しかった。母によると焼きそばも美味しいのだということ。また行きたい。

最近行ってなかった本屋に行き、自己啓発系の本を見る。Come Closerというデンマークの人が書いた本があって、それがなかなかよかったのでしばらく座り読みし、迷ったけど買ってしまった。父親との関係を考えるつもりだった。

メンタルの問題を親との関係に還元するのが最近の流行り?みたいになっているので、なんだかそれだけに収めてしまうのは嫌なのだけど、こういうのも考えるのを回避していることで、すなわち防衛機制なんだろうか、とか思うと情けなくもなったりする。

私の父は完璧な人じゃなかった、というのを考える。両親を理想化するのがよくないそうだ。私の父は早くから会社にいって遅くに帰ってくる人だった。小学校のころはだからあまり家におらず、そのことを寂しく思ったりもした。なぜ他の家の人は朝にお父さんがいるんだろう、と思った。

夕方とかね。

当時仲のよかった友達の家によく遊びにいったのだけど、朝行くといつもお父さんがいるのだ。それは不思議なことだった。なぜ、お父さんが朝にいるの?お父さんは朝にはいないものではないのか?

夕方5時とかに遊びに行くとお父さんがいるということもあって。それは不思議なものだった。いいなあ、と思った。

お父さんと話すのは今でも苦手なことで、それは少し前に激しい仲違いをしていたことがあるからというのもあるのだけれども、その傷が少しずつ癒えて、もう今は痛まないけどそれは今でも傷として残っているのだと思う。「もう痛まないけど、治らない傷」。

もう一点、女性関連について思うことがあって。

私はよく実らない恋をする。好きになる人がだいたい恋人もしくは結婚している、という。優しくしてほしい。年上の人が好きで、ついつい甘えてしまう。姉ちゃんが厳しい性格だったから、甘えたなのが叶えられなかったのかな、と思う。

姉ちゃんはいつも割とそばにいたはずだが、甘えられたとは思わない。記憶に残ってない。いつもどちらかというと蔑まれていたというかなんというか。

姉の聞いていた音楽とかを聞くことが多かった。それはいいことなのだと思っていた。なんというのだろう、…姉が言っていることは、間違いのない真実なのだ、という感覚がどこかにあって、ある歌詞を姉が褒めたりすると、それが動かしようのない本当のことになり、それこそがみんなの正解なのだ、と思うのだ。

私の、「自分がない」というのは、そういうところからきていると思う。自己規定が姉なのだ。

姉ちゃん、これでいい?って感じがどこかにある。姉の評価を気にする。

服に関してもそうだった。雑誌とかをみて、これからは考えよう。

年上の人が好きになってしまうというのは、…甘えたいのかな。年下の人を好きになることもある。今まで唯一付き合ったことがある人は、高校の時の同級生だったけど。

そんなことないか、中学の時も一度あったね。可愛い人だったなあ…。

話は飛ぶが、妹を可愛がるという感覚が、俺にはどうしてもわからない。友達に一人いた。妹が可愛くて仕方がないという人が。付き合っているひとがいたら殴りに行くとかいうのだが、とんでもないシスコンだと正直思った。しかし私の場合はお姉ちゃんに対してそうなのだと思う。お姉ちゃんって言葉の響きですでにやばい。

甘えてー。

年上の人に、思いっきり甘えたい。なでなでしてもらいたい。やばい。

頼られたい。うわ、思ったよりもやばいな。

これ今度考えよう。今日はちょっとこの辺まで。終わり。ヨガに行きます。